たゆたうくらげ

くらげちゃん

わてくしは ダーリン様を心の底から愛しているの。

ダーリン様っていうのはね、ええっと、ダーリン・ストロベリーカクテルっていうお名前をもった、かっこいい吸血鬼で、えっと、愛する旦那様なの。

ダーリン様は日が沈んだら目を覚まして、わてくしと穏やかに時を過ごし、

日が昇ったら ひやりと宝石みたいに冷たい棺の中へ その身をお納めになる。

わてくし、もう、ダーリン様をあいしているから、心の底から愛しているものだから、ダーリン様がそのうるわしいお体を棺の中にお納めになった後も、その棺にぴっとりと寄り添って…冷たい空気に包まれて眠る彼のお姿をうっとりと想像しながら、眠りにつくわ。

まるで夢のような時間なの、彼と過ごすひと時は。

わてくしたち、この世界で暮らし始めてとうに300回以上の冬を迎えたわ。ダーリン様はおっしゃるの、冬が来るたびにその大きな瞳をじっと細めて

「お前は冬がよく似合うね、髪も肌も真っ白なんだから」

ってね。

わてくしを魅了してやまぬダーリン様は、物憂げにそんなことをおっしゃって、

次の瞬間にはやわらかに笑う。そしてわてくしの頭をポンポンとなでる。

金平糖を天秤に均等にのせていくようなやさしさで、そっと。

わてくしもう、そんなことをされたらたまらなくなってしまって、頬を真っ赤に染め上げてしまうわ。するとダーリン様、おや、おいしそうな林檎だね、どれ、味見をしてみようかといたずらに笑って、わてくしの頬に牙をたてるの。

まったく意地悪なダーリン様。でもそんなところもいとおしくて、わてくし、こんな素敵な方と永遠に一緒にいたら、狂ってしまうわ。

幸福に、頭のねじをひょいととられてしまっても、8000年は気づけずにいるわ。

昨晩ダーリン様は、窓の外にちらつく白い粉雪をご覧になって、大変楽しそうにしていらっしゃった。

「みろミラーボール。初雪が降っている」

わてくし窓に身を乗り出して、その雪をつかもうとした。

するとダーリン様はやさしくわてくしの肩を抱きしめて

「外へ出ようか。朝はまだ来ない」

とおっしゃった。だからわてくしうれしくて、大きくうなずいたわ。あたたかい冬物のコートをタンスの奥から引きずり出して。

ダーリン様は、コートにマフラー、耳当て、手袋でふくふくとやわらかそうになってしまったわてくしを見ておかしそうにわらい、お前はほんとうにかわいいと呟かれた。

なんて幸せなのでしょう。

感動でうちふるえるわてくしに、ダーリン様はその白く美しい手を差し出して、手をつなごうと微笑んだ。わてくしは可憐に胸がときめく心地がして、涙ぐみながらその手を握りしめたわ。

 一度外に出てみると、辺り一面が真っ白に染まっていて、世界は終わってしまったのかと思ったわ。雪は朝から降り続いていたみたいなの。外は本当にしいんと静かで、神様が世界中の音という音を奪い去ってしまったようだった。

ダーリン様はさくさくと雪を踏みながら、前へ進んでいく。わてくしも手を引かれて、寒い冬世界へと足を踏み入れていく。吐く息は白くて、魔法を使えるような気持になったわ。吐く息が白く色づいてふわりと漂うのがおもしろくて、なんどもはあ、はあと息を吐いていると、ダーリン様は振り向いて、わてくしの吐き出した白い息をぱくりと食べた。

表情に何の変化もないものだから、何が起こったのか理解できずにぽかんとしてしまったのだけれど、ダーリン様がにやりと面白そうに笑って

「犬にでもなりたいのか?俺は一向にかまわんが」

とおっしゃったので、即座にリンゴ病を発症したわ。

赤く染まった頬に、ダーリン様はかぷりとかみついた。すると、一瞬スッと気持ちよくなって、頬に血が伝うのを感じた。白い雪のじゅうたんの上に赤い赤い血がぽたぽたとたれて、まるで赤い花びらが舞い落ちたようにみえた。

わてくしが呆然としているうちに、ダーリン様はわてくしの手を突然に放って遠くへ走り出したの。わてくし慌てて正気に戻って、ダーリン様どこへと急いでついていったわ。

するとダーリン様ね、地面にしゃがみこんだの。次の瞬間よ。

わてくしになにかを投げてきたの。それがわてくしの体にあたってほろほろと崩れた時、わてくしは雪玉だと気づいたわ。

そこから雪合戦。わてくしたちゆきにまみれて、子供みたいに笑いあった。

本当に楽しかったわ。

ひととおり雪合戦を続けた後、二人で抱きしめあいながら雪の上に倒れこんだ。

はあ、はあ、って息切れ。わてくしたち、壊れたみたいに息切れするお互いの顔を見つめあって、笑った。

仕返ししたくなっちゃって、ダーリン様の白い息を、ぱくりと食べた。

ダーリン様はすこしぽかんと瞬きしたあと、大変いとおしそうにため息をついて、わてくしの頭をぎゅうと抱きしめた。

 頭上に輝きますは、深い雪雲の合間からこぼれる、満天の星空。冬の空の透明度はどんなときよりも群を抜いて、高い。透明度の高い空はわてくしとダーリン様を魅了してやまない。雪雲の合間の、細い境目から顔をのぞかせる美しい空に、ふたりでしばらく見入っていたわ。

夜空を見ていると、ふいにおセンチな気分。なんだか不安で、足元の見えないような寂しさに襲われて、ダーリン様の首元に顔をうずめた。

「ダーリン様、わてくし、あなたと離れたくないわ」

雪がもたらす静寂は底なしに深くて、ダーリン様の声すらも届かなかったらどうしようかと思ったけれど、ダーリン様はやさしくわてくしを包み込んでおっしゃった。

「俺はずっと、お前と離れる気はないんだ」

「ダーリン様はここで眠ってしまったら、この雪たちの仲間入りね」

「日が昇るからね」

「うん」

そうしてわてくしたち、どちらからともなく静かに目を閉じたわ。

もう何百年もそのうるわしいお背中に寄り添ってきたのですもの、あなたの考えていることなんて、外に出ようかと提案された時から、わかっていたわ。

それでもわてくしは止めません。あなたが望むことならなんだって叶えてさしあげる。

だって、愛しているんだもの。

 

…なーんてね。

「はい、お遊びはおしまいですよダーリン様。眠たいのならば棺の中でお眠りくださいっ!!」

 わてくしはダーリン様の閉ざされた瞼の上にキスして、彼の細い腕をぐいと引き上げた。起き上がった彼が何かおっしゃる間もなく、ぎゅうと抱きしめる。

 あなたが死にたいと望むのならば、わてくしはあなたを監禁し全身を拘束してでも死なせないわ。なにも食事をとらずに衰弱死しようとお考えになるならば、ひっつかまえてわてくしの血管とダーリン様の血管をつなぐ。わてくしがあなたの点滴になるの。ダーリン様、あなたが悪いのよ。わてくしを夢中にさせたあなたが。

 だって 愛しているんだもの。ぬけぬけと死なれてたまりますか。